eat you 「好き」 何度も聞いたって。 ソファに座りこちらに背を向けているヒロはそう言って欝陶しそうに、 たとえば蝿をはらうように手をひらひらとさせて、でも俺にはそれが誘惑としか思えなくて。 雑誌をめくる後ろ姿にだきついた。びくりとするヒロの体。 「な、何?」 答えないで、タンクトップからのびるしなやかな腕に口を這わせた。 好き 好き 好き。 一緒にいるだけで、こんなにも熱くて狂おしい気持ちが溢れてくる。 ヒロの皮膚、骨、毛、臓物、分泌物、その全てが好き。 いっそ自分のものにしてしまいたいぐらい。 どうして俺達は分かれてる。 どうして俺達は溶け合えない。 こんなにもヒロが愛しいのに。 ヒロを求めるのに。 「っつ…」 渾身の力で振り払われた。腕に噛み付いていたらしい。 払った弾みでソファに倒れたヒロの上に覆いかぶさる。 俺の感情はその瞳に煽られる。 今度はヒロの手をとり指を丁寧に愛撫した。そして小指に噛み付く。 犬歯で傷ついたのだろう、鉄臭い液体がかすかに口の中で広がった。 ヒロの顔を窺い見ると、驚いた顔で固まっている。 俺はおいしい、と言ってにっこり笑った。 「何すっ・・・なんで噛み付く?たまにわかんないよ、クニ、お前、怖い」 「ヒロが好き」 詞が宙に浮いて消えていく。 「なぁ、そういうのやめよう。俺達男同士だよ。  お前のこと友達として好きだけど、恋愛の好きじゃない」 ヒロは目をそらした。 違う。 性別なんかどうでもいいんだ。 男も女も関係ない。 ヒロが好きなんだ。愛してるんだ。 お前を想うと狂おしい。 いや俺はもう― じわりと顔を近づけた。ヒロの顔がもうすぐそこにある。俺は噛み付きたくて仕方ない。 鼻筋の通った、形のきれいな、顔。 真ん中にくっついている鼻はちょうど噛み付けるほどの起伏を演出してる。 一緒になりたい。それだけなのに。 「拒めばいいだろ」 「クニ…?」 「いやなら拒めばいいんだ。けどヒロは拒まない。結局、拒まない。だから俺はお前を食べちまうよ」 「なんで食べるんだよ。意味わかんないって」 今にも泣きそうな顔。 恋は盲目、なんて言うけど今ならその気持ちわかる。 ヒロも目をなくしたら、盲目になったら俺の気持ちわかってくれないかな。 彼の瞳にキスをした。 「考えてもみろよ、俺たちって結局ずっと一人なんだ。ずっと。死んでも。  こうやって皮膚があって内臓があって、血液があって、隔たっている。  けど、俺がヒロを食べたら、お前は俺の中で消化されて栄養になってさ  俺の体の一部になるんだ。俺とお前、一緒になれるんだ。すごくないか?」 さっき背中に忍ばせておいた果物ナイフをとりだした。 自分の指を切ると赤い液体が、ぽたりとヒロの首筋に落ちた。 ヒロは黙って俺の指を見つめている。顔は青ざめている。 俺は血が滴る指を、無理にヒロにくわえさせた。 彼の体がみじろいだ。 けれどそれ以上逃げる気がないのか、力がないのか動かない。 俺は深呼吸をしてから、指をくわえさせたままヒロの頬を舐める。 汗ばんだ肌は、少ししょっぱい。けれど、甘い。 ヒロを、感じる。 「なんで」 散々舐め回して、人間って意外にも噛み千切れない、などと俺は考えていて、 どこがやわらかいのか考えていたら、耳たぶを見つけた。 そうして耳たぶを愛撫して、噛み付こうとした瞬間に彼は声を出した。 目にはかすかに涙がたまっている。 「なんで、俺なわけ?」 「好きだから、ヒロのこと」 「うそだ」 俺は頬の肉を一杯に引き上げた。 愛している人に対する、最高の笑顔。 愛してる。 その涙も その疑問さえも 俺を寄せ付けないようにつっぱねた腕も 全部が全部 愛しくてたまらない。 ヒロのこと考えると、狂いそうなくらい。 いやもう、俺、狂ってるかな。 「じゃあ、逃げないから」 思い切り耳たぶに噛み付いた。やわらかい、感触。刹那、鉄の味。 音は完全にシャットダウンされる。 俺は周りの空間から切り離される。 ヒロだけと繋がったままで。 それが本望。 ヒロの叫びは聞こえない。 俺の喜びも聞こえない。 ただただ、繋がった充足感。少しだけ疲労感。 好き好き好き 愛してる ずっと一緒にいたい。 ずっと一緒でありたい。 ばたばたともがく腕を押さえ、俺は無音の世界で愛をはぐくんでる。 深く。 もっと深く。 ヒロに俺の痕を刻み込んで、そうして俺のものにして、それを食らう。 血のついたナイフは机の上にころがっている。 そっと手にとった。 俺の恍惚とした表情を見、手にもったナイフを見、 ヒロは息も絶え絶えに必死に抵抗する。 噛み千切った耳たぶを舌でころがしながら、俺は微笑む。 「やめろってクニ、お前本当どうしたんだよ、まじで痛い、血出てる―」 「ごめん」 素直に出た言葉。 初夏の夕暮れ。 無音の世界。 たった二つ残るもの。 それは 愛 と 食 欲 「お腹、すいたんだ。ヒロで満たしたい。  安心して、俺、お前のこと愛してるから血液一滴も残さないよ」 「やめろ、やめろ、やめろおおおおおおおぉおおおおおお」 「いただき、ます」 END